レオナルド・ディカプリオとケイト・ウィンスレットの「タイタニック」コンビの共演が話題の映画、「レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで」です。TOHOシネマズ六本木のレイトショーで鑑賞しました。
実は…この映画を観るつもりで六本木に行ったんではなくて、邦画の「誰も守ってくれない」を観るつもりで座席予約もしてあったんですが、自宅をクルマで出ようとしたら、駐車場の目の前に車が放置してあって10分の時間ロス。さらに六本木ヒルズの駐車場(立体タイプ)で、「車高が低すぎるので、平置きのほうに行ってください」と言われて5分ロス。そんな感じで映画スタート時間から10分以上経過して劇場に到着となってしまい、事情を話してこの映画に変更してもらったという次第です。そんなワケで、まるで予備知識なし、ディカプリオが出ていることも直前に見たポスターで知るといった状態での鑑賞となりました。
感想ですが…観賞後の後味は最悪でした。いえ、最悪の作品ということじゃなくて、スッキリ気分の良い作品じゃあない、ということです。「理想のカップル」と周囲に評される2人だが、実際には口の立ついい加減なヤサ男のフランクと人生に物語と意味を求める演劇系の女性・エイプリル。こんな2人の結婚生活が長くうまくいくわけもなく、会話や議論は全く噛み合ずにちょっとイライラします。そんなイライラを代弁してくれるのが、精神病棟への入退院を繰り返しているジョン。「歯に衣を着せる」スキルが失われている彼の言動は的確で、彼が悪態をつくシーンは全編を通じて唯一スッキリする時間帯でした。
というわけで自分にはどうも合わなかったこの作品ですが、良かったと思える点が2つあって、1つは俳優たちの見事な演技。ケイト・ウィンスレットの「表情で語る」演技はさすがだし、ジョンを演じるマイケル・シャノンの「なりきり」も良かったです。そもそも、イライラしてしまうのはそれなりに物語に入り込んでしまっているからで、そういう点ではお見事なんですよね。もう1つは、映画を見ながら「ケッコンってのは…」と考えられたこと。まぁ、これは映画に夢中になってないから出来たコトなんですけど。
個人的満足度:★★☆☆☆ ★★★★☆(2/23、恥ずかしながら修正しました)
(1/26追記)
1.上映中、ずっと思い出していたのは宮台真司の「終わりなき日常を生きろ」の中の言葉「意味よりも強度を」でした。まぁ、氏はその後、少々スタンスを変えているようですが、読んだ当時はなかなか斬新でシビレたものです。
2.邦題の「燃え尽きるまで」の部分はあまりにも余計だと思います。このサブタイトル部分を見て燃えるようなラブストーリー(ディカプリオとケイト・ウィンスレットだし)だと思って観にくるカップルが可愛そうです..。
(2/23追記)
見終わった後もずっとこの作品について考えていました。こんなにいろいろと考えさせてくれた映画は初めてかも。映画の「評価というもの」についても考えてしまいました。何度も観たい映画だけが良い映画とは限らないんだなぁ、と。というわけで、評価も修正してしまいました。m(__)m
吉川マサルと申します。Webサイト
1月 27, 2009 at 16:01:50
こんにちは~
大変でしたね~たしかに10分たってからだと、物語かなり進んでしまいますし、途中で入るのも周りの人に申し訳なくてできませんものね!
でも、そういう振り替えできるとは知りませんでした!
私も今度そういう事態になったら交渉してみようかしらと想いました。
この作品、私も見てきました。
凄いとは想いますし、理解はできるのですが、好きではないし納得はできない内容でした。イライラされたという気持ちよく分かります!私もそうでしたので!
私はある程度な物語は把握し普段はあまりしない雑誌等の批評を読んでいってしまうということをしたのですが、この作品エイプリルのほうの行動を良しとして物語の勝者とし、フランクを卑怯な情けない男とする意見が多いののに驚いていました。ストーリー紹介をみた段階では、フランクのほうが正論だと考えていただけに、何故そういう意見が多数出てくるのかを確認しにいったのですが、、悩ましいところですよね。
これって、そもそもどちらが正しいとか、どちらかが勝者とかいう話ではないですよね、、。
でも、この映画どうみるかでその人の価値観が見えてきて、そういう意味ではブログ巡りが楽しめる作品かもしれませんね~
1月 28, 2009 at 13:31:41
> コブタさん
振替ですが、TOHO側に原因の一部があるとかでないと無理なようです。私の場合は、六本木ヒルズの駐車場でのトラブルが決め手になったものと思われます。電車で行く場合には、なかなか理由がなさそうですね…。
さて作品ですが…….。コトの大きさはともかくとして(パリに行くとか言い出したり、ラストのような事態には至らないにせよ)かなり多くの専業主婦の方が、多少なりともエイプリルのように、「ここではない、どこか」に自分にとってのユートピアがあると思ったりすることはあるのではないでしょうか。もちろん、現実を直視すれば、なかなか行動には移せません。そういう点では、「エイプリルに共感する方は多いだろうなぁ」とは思っていました。
ただ、「これは俺の天職じゃない」と言っては転職を繰り返す方と同じで、ユートピアなんてものは論理的に(どんなに良い環境になっても、「もっと良いところがあるかも」と思うのが人間だから)存在しえないものですから、それは非常に不毛かつ不幸な行動ですよね。もちろん、ユートピアを求めること、そのこと自体を楽しむという「分かっていてやるネタ」であれば良いのですが、この作品の夫婦の場合は、完全にベタですから…。そういう点では、宮台の言葉を借りれば「意味を追い求めるばかりで、強度が備わらない」多くの満たされない人たち(自分も含めて)に、現実というか正しい生き方を考えさせる機会になるのかも、とか思ってしまいました。
はい、当然「正しい、正しくない」ということでも「勝者、敗者」というこでもないですよね。あえて「正しさ」を論じるとしても、それはさすがにエイプリルということにはなりえない気が…。
というわけで、後味は最悪の映画ではありますが、こうして議論ができたり、ブログを読んで書き手の価値基準を判断できたりするという意味では、良い問題提起をしてくれている作品と言えるかも知れませんねー。
1月 29, 2009 at 00:54:23
私は悲惨な後味の映画を好んでしまうというところがあり、この映画もかなり好みでした。
もちろん登場人物、特にエイプリルのキャラクターに関しては、実際に自分の妻だったりしたら耐えられないかもしれないなあと思いつつ、彼女の心情はもの凄く判ったりするのです。
なんというか、この映画は自分の中の認めたくない部分を赤裸々に見せつけかれたような痛みを感じました。
映画にそういう物を求めない、という人も多いでしょうし、まるでラブロマンスのように売っているスタンスはいかがなものかと思いますけど。
これデートで実に来たら最悪ですよね・・・
1月 29, 2009 at 14:22:45
> ノラネコさん
私はどちらかというとエイプリルやフランクに共感するというよりも、やや引いた目で鳥瞰的に「ふむ、社会が豊かになって、食う・食えないの世界から脱すると、幸福の再定義が必要になるんだなぁ…ムニャムニャ」という感じで観ていました。江戸時代や終戦直後のような「明日食えるか」というイベントが毎日あった時代と違って現代は、「終わりなき日常」をそれなりに楽しく生きるのに、自分から「そこそこ楽しむ努力」が必要な世の中と言えると思います。例えば私にとっては、映画を日々観るのも、休みが取れそうと分かるとスキーの予定を入れたり、洋服を物色したりするのも「自ら努力して作ったイベント」なわけで、自覚的であるかどうかはともかく、皆そうやって日々を過ごしているわけですよね。
この映画の舞台は1950年代ですが、この時代の方は、年配の世代はまさに「食うのに困った」時代を過ごしてきた世代、エイプリルやフランクの世代は「豊かさに慣れ、生き甲斐や幸せを探す努力を必要とする」世代なのかなと思います。そういう点では、まさに過渡的な時代だからこその悲劇とも言えるかなぁ、などと思ったりしています。
ま、それはともかく、確かにこの映画を新婚さんとか出来たてのカップルで行ったら悲劇だろうなぁ、とは思いますね。あ、でも将来を占う良い試金石とも言えるかも。(^^;
2月 12, 2009 at 01:04:20
初めまして、マサルさん
ご訪問ありがとうございました。
こちら、最近始めたブログなのですね!フフフ、タイトル迷い中ですかw
これって、どこのブログなんでしょう?World Press?初めて見ました、私。
独自URLを取得なさってますね。
ところで、この作品ですが、自分もノラネコさんの意見に賛成です。
ヒロインに共感してしまった、という訳ではなくて、誰もが心のどこかで抱える自分たちは特別だ、という思い、これってすごく馬鹿げてますが、なんか分かるような気がしてしまうんですね・・・。
>「豊かさに慣れ、生き甲斐や幸せを探す努力を必要とする」世代なのかなと思います
これって、今の時代も同じと言えるのではないかと思ったり。
もちろん、経済状況を見れば今は最良の時だなんて言えませんが、人生に生き甲斐を見出そうとすればどの時代でも、ある程度余裕がある限り誰もがぶつかる問題のように思います。
2月 12, 2009 at 01:59:03
> とらねこ さん
えと、最近といえば最近でしょうか..。一応、1年と3ヶ月くらいになります。(ビミョーな長さ?)タイトルはもうずっとそのままです。「まいっか」ということで。(^^;
こちらのブログですが、いわゆるサービスサイトのブログ(ライブドアとか、FC2とか、はてなとか…)ではなくて、自分で契約したサーバにブログ用のソフトウェアをインストールして運用しているものです。まぁ、全部自分で設定しなければなりませんが、その分自由度はとても広いので。機能追加も自分でできますし。まぁ、多少の知識は必要になりますが。
独自ドメインは、私が13年ほどやってる「算チャレ」で使っているものをそのまま利用しているだけです。ブログ用にドメインをとっても良いのですが、まぁそんなに人気があるわけじゃありませんし。(^^;
えと、私はこの作品については、やや引いた目(客観的な目)で観てしまったので、お二人とは若干違う感想になるかなと思います。本文中にも追記しましたが、もう10年以上前に社会学者の宮台真司氏が、その著作「終わりなき日常を生きろ」で、この映画に語られているコトと酷似した社会構造的問題点を指摘していて、「専業主婦廃止論」とか「意味よりも強度を」といったフレーズを使って説明されています。当時はかなり熱心にそれについて考えたり、前述の本を読んだり(5〜6回は読んだ気が)していたもので、この映画は、「その分かりやすい例」を映像化したものという感じで観ていました。ただ、それにも関わらず、「だーかーらー、意味より強度だっつーの」とか(失礼、宮台好きしか分からない物言いですw)思ってイライラしてしまったわけでとにかく俳優陣の演技には脱帽です。ちなみに前述の本は、たぶん今読んでも非常に面白い本なので、ご興味があれば是非。
> これって、今の時代も同じと言えるのではないかと思ったり。
はい、その通りかと。衣食住がとりあえず満たされるとヒマになって、ありもしない「大きな物語」を求めてしまうという..。まぁ、いわゆるポストモダンってやつですが、ちょうどこの映画は、その過渡期的な時期(主人公たち世代と、その親たちの世代でかなり大きなギャップがある時期)かなぁと思いました。
まぁ、私自身は比較的き、「大きな物語を求めず、日々、濃密な時間を過ごすための積極的な工夫をすること」を、強い虚しさを感じずに連続的に行うことができるタイプの人間(よーするにアホということです)なので、まぁラッキーかなと思ったりしています。(^^;